毎月人気の「弥七のかわら版」で一番人気のコーナーがコチラ☆

布施弥七京染店・やしち屋山交ビル店では
毎月かわら版というA4・8ページのニュースレターを作ってますが
今回は、この人気コーナーである「とんとむがしの土地話」制作風景です。

こちらはあなたの素敵なきもの記念日をお手伝いする
布施弥七京染店の専務 布施 将英(@meibutsu_senmu)のブログです。

当店では毎月一回、8ページモノのニュースレターを出していますが
この毎回毎月8ページって、結構タフなのよね〜〜。
来月がなんと91号となるんですが、いやはや(笑)

毎回、8ページあるうちのページ割は

1&8が、表紙・ウラ表紙

2&3が、今月の特集

4&5が、玄フェッショナル

6が、着物徒然だったり、きもの着用イベントについて

そして、7が、この会長の旧町名紹介

うちの店は歴史的背景が長いので
こういう旧町名というような
昔の山形の記事とかは
やっぱしやるべきなんだと思うんだよなぁ。

実際にうちの若めのお客様たちには
こういう旧町名というようなネタは
あまりピンとこないと思いますが
うちのお得意様には、非常に評判いいです


例えば、今月末で終わる嘯月さん周辺の紹介だと

今で言うところの
十日町の嘯月さんあたりが
ろうそく町と言われていました。
アカシ町とも呼ばれていたそうです。

ここは蝋燭町という職人町です

最上義光の城下町以来の町で、 ろうそくの製造を家業とする職人が住んでいたことから名付けられました。当時の絵図には「アカシマチ」と記されています。この町で作られた最上ろうそくは明るく長持ちすると大変好評でした。徳川家康が夜宴を開いた際、暗いので最上ろうそくに取り換えさせたというエピソードがあります。最上家の将軍家への土産品にも蝋燭は欠かせないもので、慶長10年に家康を訪問した際には千挺も献上したそうです。

最上義光の城下町以来の町で、鎌や鍔などを造る職人が住んでいたことから名付けられた町。最上義光時代以前は飯塚口付近にあったのですが山形城大改築の際に火気を使用するため銅町とともに馬見ケ崎の北部に移されました。元禄年間の屋敷数は38軒。「松の木枕」によると「山刀・鎌・鍬(くわ)・包丁金物職人」とあります。

こんな感じでやってきています。
通算で10数回の実績で、再数滴に36回シリーズで考えています。

来月号には、山形お花見情報も掲載予定!
毎月弥七のかわら版発行しておりますので
ぜひ、お楽しみにお待ち下さいね〜〜

皆さんの素敵な思い出つくりのために
ちょっとでも思い出つくりに寄与できれば嬉しいです。

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投稿者について

名物専務
山形で江戸時代から続く着物専門店の名物専務こと布施 将英。
着物・商売・音楽やDJ・温泉・読書・スポーツ観戦・ゴルフ・お笑い・山形のラーメン・ハイキューに造詣が深い昭和47年生れで、布施弥七京染店のスポークスマンとして県内外にて活躍。ブログは4000記事超えで毎日更新中。
Facebook・Instagram・Twitterも随時発信中。
お客様の美姿と健康と思い出作りをお手伝いします。

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