着物屋さんの僕が、司馬遼太郎先生が好きな理由。

何回も言いますが実は私、司馬遼太郎先生が好きな着物屋です。

私は布施弥七京染店の布施 将英。
数々の趣味・好きな事がありますが、読書も趣味の一つ。なかでも「司馬遼太郎先生が大好き」で、活字嫌いの私でも初めて読み切る事ができた小説を書いた先生。また2000年に入院した際の病床にて、竜馬がいく・坂の上の雲から数々のチカラある言葉をもらい、司馬遼太郎先生の世界を尊敬する私です。

司馬遼太郎先生の言葉にチカラをもらった

入院したときというのは、ついつい心が下を向くものです。体の調子が良くないのはさておき、心の調子も下がってしまうのが大きな問題です。動く量も制限されて、運動なんて出来ないから、ついつい病弱な男性の姿になってしまうわけです。そんな中において力をくれたのが、司馬先生でした。

肉体的なパワーよりも、心の矢印を保ってくれたのが司馬遼太郎先生の言葉でした。病は気からと言いますが、病気になっている時はナカナカ前向きにはなれないものです。ですから、司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」には、大変お世話になりました。

なかでも特に、この言葉には、背中を押してもらい、心の矢印を上げてもらいました。

司馬先生の言葉には、ロマンとチカラが溢れている。


特にこの言葉には、背中を押してもらいました。ちょうど入院した時は、音楽活動も着物屋さんもしっかり両輪で行っていた時期。大きな東京でのライブを控えて、その場所に出向くことが出来なくなってしまい、メンバーにも迷惑をかけ、店の家族やスタッフにも迷惑をかけて。そんな時にこの言葉に出会いました。電流が走るように、竜馬がゆくの坂本龍馬に扮した司馬遼太郎先生の言葉が響きました。他にも好きなフレーズはたくさんありますが、最も心を上に向かせようとしてくれたのは、この言葉でした。

司馬先生が着物を着ていたら。


先生は歴史フリーク。正しい歴史を調べつくして、そこから抽出した数少ない濾過液を文字にするような方でした。そしてその歴史上の人物の生業や性格に合わせて、人の心を太くするような文字を世に送り出してきました。わたしもその言葉にチカラつけられた人間です。もし今先生がご存命なら、この時代をどうお感じだっただろう。

今先生が元気だったら、こんな着物をお召しになって欲しかったなぁと思っています。非常に細かい柄の小紋に、かっこいい博多の角帯。これほどまでに着物の似合いそうな歴史小説作家はいないと思う。

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投稿者について

名物専務
山形で江戸時代から続く着物専門店の名物専務こと布施 将英。
http://mag.kimonokinenbi.com/2018/06/11/611/
主に着物初心者や、着物を着てみたいけど一歩踏みでない方を後押しできるようなブログを書いています。ブログは2008年からスタートしており、合計4000記事超えで毎日更新中。ココ2年ほどは、ようやくまともな着物屋さんのブログになってきました。
趣味である音楽やDJ・は、!stアルバム好みの音故知新スタイル。また得意な筆ペンで書く「らくがきハガキ」は2011年より毎日投函継続中で、手書きチラシも仕事として制作を請け負っています。また読書も好きで、ビジネス書や偉人伝の他、司馬遼太郎先生フリーク。音楽同様に温故知新の1st好き。一番好きな司馬遼太郎先生の作品は「梟の城」。全般的に「心へ静かに日を灯す」司馬遼太郎先生の文章が好きです。
他にも温泉・スポーツ観戦・ゴルフ・お笑い・山形のラーメン・ハイキューに造詣が深い昭和47年生れで、布施弥七京染店のスポークスマンとして県内外にて活躍。Facebook・Instagram・Twitter・Youtubeも随時発信中で、お客様の美姿と健康と思い出作りをお手伝いします。

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