これはすごい!山形って料亭文化が残ってるの☆だから舞妓さんもご活躍です

着物姿で素敵に踊る
やまがた舞子さんとご一緒してきました(^^)

 

着物を通して素敵な思い出作りをお手伝いをモットーに
音楽・温泉・読書・SNS・スポーツ、そして人とのご縁が大好きな
布施弥七京染店・やしち屋の専務 布施 将英(@fuseyashichi)です。

山形には古くから料亭文化が残っています。これは山形が城下町で、なおかつ最上川による紅花貿易によって潤った旦那衆が作り上げた、文化的遺産の一つだと僕は思っています。その両手に花を添えようと、20年前に千歳館の澤渡社長が音頭を取り作り上げたのが、山形の舞妓さん。

ーそもそも山形舞妓の歴史と背景ー

山形県を南北に流れる最上川は、紅花商人の昔から京・大阪との交易を盛んにし、その文化を本県にもたらしました。 とりわけ、県都山形市は、政治・経済・文化の中心として独自の地域文化を育み現代に伝えております。

また最近は、高速交通網の整備により、県内外から多くの人々が本市を訪れ、経済や文化の交流が年々盛んになっております。

そして、山形には長い歴史を刻んできた素晴らしい伝統芸能が、今も数多く伝承されており、なかでも山形芸妓は、 当地を代表する伝統的な芸能を保持し、その優れた技能から全国的にも高い評価をえております。 しかし、最盛期の大正から昭和初期には150名を数えた山形芸妓も、時代の変遷とともに減少し、 現在では10数名となり深刻な後継者不足に悩まされております。

そのようななか、平成8年2月に山形商工会議所や山形市観光協会が中心となり、山形市内企業の出資によりまして、 伝統芸能後継者育成のため「山形伝統芸能振興株式会社-愛称:やまがた紅の会」が設立されました。

そして、現在は、試験で選ばれた若いやまがた舞子が伝統芸能後継者として、 踊りや唄・三味線などの特訓を受けながらお座敷に出て活躍しております。

なるほど、山形舞妓さんの背景ですね。
で、意外と知らないこの話。
え!?ご存知!?では、もう読まないで結構です
知らない人だけ、読み進めてね(笑・汗)


舞妓(まいこ)芸妓(げいこ)の違いとは!?

結構知られていないことと知ったのは
先日出席した席でした。
おもったよりも皆さん、この違いにお気づきでなかったのでした。

一般的に、舞妓は20歳前後まで、
それを過ぎると芸妓になるというルールがあります。

髪型

<舞妓>
・自分の毛で髷(まげ)を結う
・華やかなかんざしをいくつもつける。

<芸妓>
・髪は地毛ではなくカツラを被る。
・かんざしなどの飾りはあまりつけない。

着物

<舞妓>
・着物は色鮮やかで柄の入ったもの。
・振袖で袖が長い。
・帯は「だらりの帯」と呼ばれる、全長5~6mもある長い物。垂れ下がったような形に結ぶ。
・「おこぼ」(ぽっくり下駄)と呼ばれる下駄を履く。高さが10㎝ほどあり、丸みを帯びた形をしている。

<芸妓>
・着物は黒や色無地などのシックなもの。
・普通の着物の装いと同様の帯を締めて、草履を履く。

そして、舞妓と芸妓では生活にも大きな違いがあります。
舞妓は「お小遣い制」芸妓は「自営業」です。

舞妓時代は「置屋(おきや)」とよばれる家で共同生活をします。「おかあさん」と呼ばれる置屋の主が舞妓たちの母親代わりとなって、礼儀作法や花街のしきたりなどを教え込みます。基本的に舞妓はお小遣い制。お座敷などで客が支払う料金は置屋に入り、それで舞妓たちの衣食住やお稽古事(踊り、三味線、お茶など)の面倒を見ます。そして、必要なお金は舞妓たちにお小遣いという形で渡すのです。

一方、芸妓になると基本的には置屋を出て、自分で生計を立てることになります。自分の能力でお座敷に呼んでもらえるようにしたり、さまざまなサポートをしてもらえるお得意様を作ったり。まさに「自営業」なのです。

一般的に舞妓から芸妓に変わる年齢は20歳前後と言われていますが、人によって異なります。実年齢以上に重要なのが、「年季が明けたかどうか」。見習い時代や舞妓時代の芸の習得に掛かるお金は、置屋が代わりに負担しています。舞妓としての収入からそのお金を返済していき、返済が終わることを年季明けと言います。基本的に、年季が明けると、芸妓となり、ひとり立ちすることになるのです。

舞妓の修行に入るのは中学卒業後の場合が多いですが、最近では高校中退や卒業で舞妓になる人もいます。その場合、舞妓としてデビューするのが18歳~19歳になり、20歳までにはとても年季が明けないので、20歳を過ぎても舞妓を続けていたり、19歳でデビューしても「16どす」と言っていたりすることもあるようです。

写真はやまがた舞子さん


舞妓さんと舞子さん
字が違うので、意味合いも違います。
なので、やまがた舞子さんは、二十歳すぎてもご活躍です(^^)

山形にはまだ、料亭文化が残っていますが、嘯月さんが、の々村さんがと
時代の波が押し寄せてきています。
でもこういう文化がある事自体、素晴らしいことですね。
大事にしたいと思います(^^)

皆さんの素敵な思い出つくりのために
ちょっとでも思い出つくりに寄与できれば嬉しいです。

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投稿者について

名物専務
山形で江戸時代から続く着物専門店の名物専務こと布施 将英。
http://mag.kimonokinenbi.com/2018/06/11/611/
主に着物初心者や、着物を着てみたいけど一歩踏みでない方を後押しできるようなブログを書いています。ブログは2008年からスタートしており、合計4000記事超えで毎日更新中。ココ2年ほどは、ようやくまともな着物屋さんのブログになってきました。
趣味である音楽やDJ・は、!stアルバム好みの音故知新スタイル。また得意な筆ペンで書く「らくがきハガキ」は2011年より毎日投函継続中で、手書きチラシも仕事として制作を請け負っています。また読書も好きで、ビジネス書や偉人伝の他、司馬遼太郎先生フリーク。音楽同様に温故知新の1st好き。一番好きな司馬遼太郎先生の作品は「梟の城」。全般的に「心へ静かに日を灯す」司馬遼太郎先生の文章が好きです。
他にも温泉・スポーツ観戦・ゴルフ・お笑い・山形のラーメン・ハイキューに造詣が深い昭和47年生れで、布施弥七京染店のスポークスマンとして県内外にて活躍。Facebook・Instagram・Twitter・Youtubeも随時発信中で、お客様の美姿と健康と思い出作りをお手伝いします。

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