シベールさんの1件に、老舗からするとこう思う。名物専務の独り言。

山形市にある有名な会社が、まさか。

前々から話は出ていたものの、あのシベールが、まさか!?といった感じです。

民事再生法手続き開始を公表、会見するシベールの黒木誠司社長(中央)=17日、山形市(柏崎幸三撮影)
民事再生法手続き開始を公表、会見するシベールの黒木誠司社長(中央)=17日、山形市(柏崎幸三撮影)

 パン・洋菓子製造販売のシベール(山形市、黒木誠司社長)が、山形地裁に民事再生法の適用を申請した。同社は、熊谷眞一氏が昭和41年に創業。同社ホームページによると、平成30年8月期の売上高は26億7000万円。

同社は創業後、売れ残りのフランスパンをラスクとして販売し評判を呼び、贈答用ラスクを販売していた企業としては異例の株式公開を遂げた。

NHKのニュースより
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190117/k10011781731000.html

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布施弥七京染店・専務 布施 将英(@meibutsu_senmu)のブログ。今日はこの1件を。

大きな「ラスク」という文化を作った

今日七日町のシベールさんには、TVニュースの取材カメラが外観を撮っていた

熊谷さんが創業したシベール。八文字屋向かいに出来たお店からスタートさせて、蔵王の工場にはアリーナまで作り上げたラスクの会社「シベール」。ケーキやさんがフランスパンを焼いて、それを上手にお菓子にした商品開発は、当時大ヒットした。

1966年10月、熊谷眞一が創業する。

創業から約10年後、売れ残りのフランスパンラスクとして販売したことが評判を呼び[2]、贈答用ラスクを販売していた企業としては異例の株式公開を遂げた[3]

しかし、ラスクブームが一巡。2017年8月期単独決算では、営業、経常、最終の各損益ともに2期連続赤字を計上した[4]。こうした事態を受け、2017年11月15日に経営改革を進めるべく中期事業計画を策定。それに沿って、同年11月末で山形市馬見ケ崎の北店2階のレストランを閉店。2018年3月末にはエキュート立川店も閉め、東京圏から完全撤退した。こうした施策を通じ経営効率化を進め、集客効果の高いパンと収益率の高い菓子を柱に据え、仙台圏で知名度を上げ、増収に努め黒字化を図りたいとしていた[5]

2018年8月期も赤字となり、2019年1月が支払期限である債務の支払いが困難であることから、2019年1月17日に山形地方裁判所民事再生法適用を申請した。同日に山形市内で記者会見を行った黒木誠司社長は、「ラスクの成功で上場まで到達した。ガトーフェスタ・ハラダなどのライバル企業が出現しても成功体験から抜け出せなかった」などと会見した。すでにスポンサー候補と事業譲渡に関する協議が行われており、協議が成立した場合はスポンサーが設立した新会社へ事業が譲渡される予定[1][6][7]

山形を代表する会社だったのだけど、山形を代表する金融機関が、引導を渡す結果になった。こういう時代、何が起きても不思議じゃないけど、地元のシンボル企業の一つがこうなるとは予想しなかった。

まぁ、色んな憶測や過去の悪かった点・こうするべきだったろうという反省点など、様々あると思う。でもね。僕は今回の一件から、こう思ったんです。

企業の過去は大事。でも今と未来はもっと大事。

こういう事件が起きると

  • だって、ラスクは競争相手が多かったもん。
  • 店の雰囲気が暗かったもん。
  • 二代目の社長さんが、良くなかったもん。
  • メセナ活動なんてしてるんだもん。
  • 1番忙しい時期で、指導体制も整っておらず派遣やパートさんが教育してたもん。
  • 細かいことは派遣やパートの方が詳しく社員が全てを指導できなかったもん。

そしてきっと何よりも、「ラスクだのみ」から抜けられなかった

おそらくココまでが、民事再生法への序曲だったんだろうと思うんです。でも、ココまでは誰だって言える。過去の話だから。

でもね、じゃぁ、どうやったら「シベールさん」は、黒字に転換できたんだろう!?

ここが一番大事。
黒字に転換は難しいのなら、どうやってこの現状を打破できたろう!?という事を考えなかったら、いかんと思うんです。誰だって、失敗や苦い経験はある。でも、そこから抜け出すために、何を出来るだろうか?どうしたらいいだろうか?という、未来志向にならなきゃいけないのにさ。ゴシップのように、あれがダメだったから、何がダメだったから、という風潮が、スキじゃないんです。

糸を売ると書いて、続けると読みます

私達の商売は、お客様の思い出作りのお手伝い。それを、着物や宝飾品でお手伝いさせてもらっています。この商売形態は、江戸時代の創業当時から続いてきたもの。シベールさんで言うところのラスクです。だとすると、長い間自分の店の同じ成功体験だけで、ず〜っと商売を続けてきた店であると言えます。今回のシベールさんの一件が、

「明日は我が身」

としか思えません。だって、ホントだもん。実際さ、地域の皆さんの思い出作りをお手伝いさせてもらっていて、おかげさまで長いこと商売が続いています。でも、ここまでライフスタイルが変化してきた中で、布施弥七京染店としてもマイナーチェンジを多数繰り返してきました。着物だけでなく、宝飾、振袖、そしてレンタル、体験型商品など、今までにないことを多数導入しています。

今、日本全国どこの地方でも、経済が人口の転換期も迎えています。
働き手だけでなく買い手も減少傾向。
最初に確立したビジネスモデルも継続だけではダメ、という事が明確に見えた今回の一件。

結局何を言いたいかと言うと

ダメだった理由は100でも200でも上げられる。
しかし大事なことは、未来に向けて、こうしようとか
この失敗からコレを学んだので、今から学びを生かしていこうという
未来へ向けた建設的な思考が一番大事なのである

今回の1件から、本当強く、そう感じました。
布施弥七京染店さんも、頑張っていかないとね。

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投稿者について

名物専務
山形で江戸時代から続く着物専門店の名物専務こと布施 将英。
http://mag.kimonokinenbi.com/2018/06/11/611/
主に着物初心者や、着物を着てみたいけど一歩踏みでない方を後押しできるようなブログを書いています。ブログは2008年からスタートしており、合計4000記事超えで毎日更新中。ココ2年ほどは、ようやくまともな着物屋さんのブログになってきました。
趣味である音楽やDJ・は、!stアルバム好みの音故知新スタイル。また得意な筆ペンで書く「らくがきハガキ」は2011年より毎日投函継続中で、手書きチラシも仕事として制作を請け負っています。また読書も好きで、ビジネス書や偉人伝の他、司馬遼太郎先生フリーク。音楽同様に温故知新の1st好き。一番好きな司馬遼太郎先生の作品は「梟の城」。全般的に「心へ静かに日を灯す」司馬遼太郎先生の文章が好きです。
他にも温泉・スポーツ観戦・ゴルフ・お笑い・山形のラーメン・ハイキューに造詣が深い昭和47年生れで、布施弥七京染店のスポークスマンとして県内外にて活躍。Facebook・Instagram・Twitter・Youtubeも随時発信中で、お客様の美姿と健康と思い出作りをお手伝いします。

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